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トーキーマジック_映像翻訳ポリシー

このコラムでは、昨今の映像翻訳について当社代表の池田が「なんか違うんじゃない?」と感じている内容を思いつくままに書いてまいります。

記念すべき第1回目の今日は「外画の1人負け」です。

このところ外画(外国映画・ドラマ)を観る人が減ってきているらしい。レンタル・セル市場の各種数字は軒並み前年割れで、全般的に以前の活気はどこへやらという感じなのだが、そんな中でも邦画はほぼ横ばいで、アニメに至っては数字をどんどん伸ばしている。邦画、アニメが頑張っているのになぜ全体として減少しているのか。つまり外画が1人負け状態に陥って全体の数字を下に引っ張っているのである。これはもっぱら外画を商売のネタとしている当社にとっては本当に由々しき事態である。

ではなぜ以前と比べて外画から足が遠のいているのか。理由のひとつには、最近の言葉でいう、日本人の「マイルドヤンキー」化も挙げられると思う。地元志向が強く、「仲間」「家族」という言葉を好む(他にも様々な定義あり)というこの種の人たちにとっては、仲間でも家族でもなく、地元から遠く離れた異国の地に暮らす人々の話など何の興味も関心ない、と考えられる。残念な傾向だがこれは事実だ(僕の娘もそうだ)。

しかし外画の人気が低下しているのはそれだけが理由ではないはずだ。むしろもっと直接的に外画を“忌避”させるものがある、と僕は考える。それは字幕だ。

昨今の字幕はとにかく情報量が多すぎる。昔の字幕は表現を練り上げ、言葉と文を再構成し、アウトを多用し、限られた表示時間の中でいかに文字数を少なくして字幕を読みやすくするかが勝負だった。ところが今では逆に、いかにオリジナルの情報をきちんと保持しているかだけが重視され、読みやすさなどは何の考慮もされない傾向がある。セリフをアウトにしているケースなどは、本当に目にしなくなった。

いきおい字幕は長々しく、無駄な言葉が多くなり読みづらくなる。読んでいて疲れを感じるようになる。折角のリラックスタイムに、どうしてわざわざ疲れることなどしようと思うものか。だったら日本のドラマかアニメがいいや。これは極めて自然な流れだ。

どうして字幕の情報量が増えてきたのか、その理由は次回のコラムで改めて書きたいと思うが、問題は結局そのことが外画の人気を低下させ、ビジネスチャンスを失わせる大きな要因になっているのに、誰もそのことに気づいていないか、気づいていないフリをしている点にある。映像翻訳の趣味的、学問的側面ばかりが強調され、ビジネス的視点がそこから完全に抜け落ちてしまっている。こうした「木を見て森を見ない」状態をこれ以上放置しておけば、外画業界全体がこのままジリ貧で終わってしまう。誰かが何かを提言してゆかねばならないと僕は考え、手始めにこのコラムを綴ることにした次第である。

第1回おわり

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